ごあいさつ

科学技術が関連する現代社会の問題に適切に対処し、解決していくためには、専門家や政策決定者、企業、市民活動団体や個々の市民など、多様な主体が交わる「公共コミュニケーション」が不可欠です。わが国でも近年さまざまな形で、科学技術に関する公共コミュニケーションの試みが進められていますが、それら既存のアプローチは、公共コミュニケーションで大きな問題となっている主体間(特に専門家と非専門家の市民)の問題認識のギャップや相互理解の不足を埋めるには、いくつか重大な欠点を抱えています。

たとえば「サイエンスカフェ」は、科学技術やその社会問題に関心の低い層(低関心層)に対して、関心を喚起する入り口として有効である一方で、一過性のイベントであるため、関心・知識の深化、専門家と市民の相互理解にはつながりにくいという問題を抱えています。

他方、「コンセンサス会議」は、科学技術やその問題に対する関心が強い人々(高関心層)を集め、問題認識の違いや多様性を明らかにする点で有効である一方で、それほど関心が強くない人々(中関心層)には「敷居が高い」ということや、扱うテーマの問題設定が、主催者側の意図に縛られ、参加する市民が求めるものに必ずしもなっていないという問題をかかえています。

またどちらのアプローチも、専門家側の関わりが乏しく、専門家と市民の相互学習・相互理解が進まないという問題も抱えています。また、科学技術が関わる社会的問題を解決するには、これらのアプローチのような「対話」に加えて、専門家と市民が「協働」することが不可欠ですが、これを恒常的・組織的に促進する仕組みも、わが国には不足しています。

このような問題意識から本プロジェクトは、
(1) これまでの我が国の公共コミュニケーションに不足している「熟議 (熟慮と討論:deliberation) 」と「協働 (collaboration) 」のための手法を新たに開発し、既存の手法と合わせて、手法ライブラリとその運用マニュアルを整備すること、
(2) 公共コミュニケーションの支援を市民と共同で行う「インタフェイス組織」を大学に設立し、他大学にも移転可能な事業モデルとして提示することの2つを大きな目的としています。

このプロジェクトを通じて、科学技術に関する公共コミュニケーションが我が国に定着して行くことを願っています。

研究代表者
平川秀幸 (大阪大学 コミュニケーションデザイン・センター 准教授)